6月13日、イギリスのコーンウォールでG7サミットが閉幕した。そこでの成果をまとめた首脳宣言で、台湾海峡の平和と安定の重要性を強調したほか、新疆ウイグル自治区や香港情勢などで、人権や基本的自由を尊重するよう求めた。
G7には、全参加者9人のうち、5人を欧州連合(EU)の人が占めている(ブレグジット前は、9人中6人だった)。
国の代表としてマクロン仏大統領、メルケル独首相、そしてドラギ伊首相。それだけではなく、EUの欧州委員会委員長であるデアライエン氏、欧州理事会議長(大統領と呼ばれる)のミシェル氏も参加している。
G7の意志が、完全にEUの意志と一致するわけではないが(加盟国は27カ国あるので)、だいたい同じようなものと思っていいだろう。
中国は猛反発した。外務省の趙立堅報道官は15日の記者会見で「中国を中傷し、内政に干渉するものだ。アメリカなど少数の国が対立と溝をつくり、隔たりと矛盾を拡大させようという下心を露呈させている」と非難した。
最近、EUは大変中国に厳しい。不思議に思う読者が多いかもしれない。
2016年、中国はアジアインフラ投資銀行(AIIB)を開業した。アメリカは猛反発、日本も反発して参加しなかったが、欧州の国々は、のきなみ参加した。
真っ先に参加したのはイギリスだったが、「乗り遅れるものか」といわんばかりに、フランスもドイツも他の欧州の国々も参加した(ちなみにカナダや韓国も参加している。北朝鮮は参加していない)。
そして2020年末、中国と欧州連合(EU)は投資協定を結んだ。7年間にも及んだ苦しい交渉の末、やっと合意に至ったのだ。
それなのに最近は、アメリカと一緒になって、中国を非難している。「欧米」の太く厚い絆が復活したかのように。
一体欧州に、何が起こっているのだろうか。
EUと中国の投資協定は、どう批判されたか
まず、一般にはあまり注目されなかったが、EUと中国の投資協定は、一時停止している。今年の5月20日、欧州議会が、批准に向けた審議を一時凍結することを可決したからだ。
今のEUの態度を知るには、欧州議会の動向を知ることがとても大事である。
2020年末に、急ぎEUと中国は、投資協定に合意した。そして2022年には批准されるはずだった。
しかし、当時からこの合意は、欧州議会では評判が悪かった。敵意から懐疑論まで、様々に批判されていた。態度が異なっていたのは、与党の中道右派会派「欧州人民党グループ」の中の保守派や、ドイツの議員くらいだったという。
一つ目は、この協定はただの意思表示にすぎず、それ以上のものではないという批判だ。
投資協定に合意した欧州委員会はこう述べていた。「この協定は、物事を正常な状態に戻し、ルールを確立するものである」と。
中国で外国人が投資をするには、合弁会社を設立したり、技術移転をしたりしなければならない。また、企業を差別することも平気で行われている。中国の国家資本主義は、資本主義のルールに著しく反している。
この協定は、そういった中国国家による義務の制約を、ケースに応じて多かれ少なかれ解除することを定めているのだ。大変画期的なものであったことは、間違いない。いわば、中国を「条約」という枠にはめることで、変えていこうとするものだ。
実際に、中国の投資家に対して非常にオープンなEUと、進出した外国企業に対して参入障壁や差別的な慣行を増やしている中国との間には、大きな不均衡がある。この不均衡は、EUだけではない。アメリカも日本も、他の国々も同様である。
同条約は、自動車、輸送・健康機器、化学分野などのさまざまな製造業と、金融、デジタル技術、海事・航空輸送など、広範なサービス業を取り上げている。また、中国の国有グループは、サービスを販売する欧州企業を差別のない方法で扱うことも規定している。
今まで、中国が課してきた義務に、日本はいいなりで、アメリカは反発した。企業は「中国市場をとって技術移転を我慢するか、中国市場をあきらめて技術を守るか」の選択を迫られていた。
もし本当に中国の変化が実現するなら、日本の企業にとってもなんとありがたいことか。
しかし、EU内には「実装のメカニズムは説得力がない」という批判があった。つまり、書いてあることは立派だが、実効性に薄いという意味である。
欧州の高官は「合意はほとんど空っぽだ。これは素晴らしい意思を宣言しただけで、それ以上のものではない」と語った。
モンテーニュ研究所のアジア担当顧問であるフランソワ・ゴッドマン氏は、「中国は広範な開放の譲歩をしたが、法的な観点からは境界がない(範囲が定められていない)」という。
特に、別の交渉の対象となっている投資保護や国家と投資家の間の紛争解決については、何も書かれていないのも問題だ。
二つ目の批判は、人権問題である。これが今後の最大のポイントになる。
一言で言うと「国民を奴隷にするような政権と、投資協定を結ぶとは何事か!!」という批判だ。
ただ、この点についても、欧州委員会は無視していたわけではない。ちゃんと協定の中で考慮に入れている。
投資協定の中で、中国は強制労働と結社の自由に関する国際労働機関(ILO)の条約の「批准に向けた継続的かつ持続的な努力」を行うことを規定している。この文言は、フランスがドイツに「投資協定に賛成するかわりの条件」として、提示したものだった。
ドイツの経団連であるドイツ産業連盟(BDI)のヨアヒム・ラング事務局長は、自身のLinkedInアカウントで、「この条約は、投資問題で団結を見せる、一つの欧州に向かう重要なステップであり、世界ルールの採用において強力なプレーヤーとなるものです」と述べた。
そして、「EUは、中国に社会的基準の問題で譲歩させた、最初のグローバルプレーヤーです」と強調している。このことは、北京が強制労働禁止条約を尊重するという約束をしたことを述べている。
しかし、この約束には、法的拘束力がない。これも「からっぽ」「言葉だけ」と批判できるものなのである。
さらに言えば、27カ国の首脳が全員一致して、この協定を歓迎したともいいがたい。オランダ、フランス、イタリア、オーストリア、ハンガリーといった加盟国からは、懸念が表明されていた。
ただ、反対はしなかったので、欧州委員会が交渉権をもち、中国との合意にいたったのだ。投資協定の批准には、欧州議会での可決が必要だ。これからは、欧州議員たちを説得していかなければならないはずだったのだが。。。
アメリカ政権交代前、EUはどうだったか
実は昨年、年明け1月20日に大統領に就任することになっていたバイデン氏は、投資協定の合意に関して、「政権交代まで待ってほしい」にEU側に依頼していた。それは、「一緒に対中政策を行おう」というシグナルだった。
だからこそ中国側は、バイデン政権になる前にと急いでEUと合意しようとした。実際、協定の合意を早急にとEUに対して促したのは、中国のほうだったのだ。
それに対してEU側はどう応じたか。
ドイツ産業界とメルケル独首相は、12月末までに結びたがった。EUには「EU議長国」という輪番制の制度がある。議長国である間は、自分たちが重要と思う政策を、リードしながら進めていくことができるものだ。ドイツは昨年6月から12月末まで議長国だったのだ。しかも、メルケル首相は引退をすることが決まっている。
議長国なるものは、半年おきに交代するのだが、なんせ27カ国もいるので、1回終わると当分まわってこない。13、4年に一度だけであり、自分が首脳の間にまわってくれば超ラッキーというものだ。
そしてマクロン仏大統領はというと、「戦略的自治」というスローガンを始終口にしていた。
バイデン氏が「就任まで待ってほしい」と言っているからといって、それがなんだというのだ。臣下のように待つ必要があるだろうかーーということだ。
「ボス風」を吹かせたトランプ大統領に、散々痛めつけられ、プライドがかなり傷ついていた欧州の国々。今までのアメリカ大統領は、現実には欧州はアメリカに従うような存在だったとしても(特に軍事)、それを公にあからさまにわからせるような言動はしなかったものだ。
欧州がEUという形で力をつけてきたこともあり、EU内では、ますますこの「戦略的自治」というスローガンが会話を占めるようになっていたという。
トランプ政権の時代に、特に大きくなったこのアメリカへの反発の雰囲気は、常々「米」と「欧」の分断を狙ってきた中国にとっては、好都合だったと言える。
まるで校長先生に叱られる生徒たちのように並ぶ、欧州の国々の首脳。困り果てたような顔でトランプ氏といるのは、ストルテンベルグNATO事務総長。
政権が変わっても対中強硬は変わらないアメリカ
年がかわって2021年。いよいよ翌日1月20日は、ジョー・バイデンが大統領に就任しようという前日の19日。
ポンペオ国務長官は、アメリカは現在、中国が新疆ウイグル自治区のウイグル人イスラム教徒に対して「大量虐殺を行っている」とみなしていると、改めて述べたのである。
トランプ政権は2年前から、中国のこの件を非難してきた。ポンペオ国務長官は2020年3月に「今世紀最悪の汚点」とみなし、すでに中国政府関係者に対する制裁措置を何度も発表していた。
バイデン氏も選挙前の8月に、少数派のイスラム教徒に対する弾圧を「中国の権威主義政府によるジェノサイド」と発言していた。
これらのことは、たとえ大統領がかわり政権交代しても、対中政策は変わらないという、アメリカ国家の意思表示に見えた。それどころか、バイデン政権になったら、一層厳しくなるのは誰の目にも明らかだった。
もしここで、「バイデン政権になり、よりいっそう中国に厳しい措置がとられるようになった。だからEUの人権派は力をもつようになり、アメリカに同調して、中国に厳しくなった」と断じられるのなら、話は簡単だ。実際にそのような印象をもっている人たちは多いのではないだろうか。
確かに、これはある意味では正しいのだが、現実はそれほど単純ではない。ここでアメリカ、EU、中国の関係に影響を与えたのは、ロシアだと思う。
欧米の対中強硬政策は、過去には1989年の天安門事件の例が存在する。しかし、欧米はその後、むしろ中国の巨大市場という経済面に目がいく傾向が強かったのであり、根本的に敵対的な目を向けるようになったのは、最近のことだ。
敵対関係といえば、アメリカにとっては、ロシア(ソ連)のほうが、よほど歴史があって関係が深い。
欧州にとっては、ロシアは中国とは異なり、自分たちの近隣の、極めてリアルな問題だ。EU加盟国の半分は、ソ連の内部国か、ソ連の衛星国だった。欧州やEUにとっては中国は、地理的にも歴史的にも心理的にも遠く、直接的な軍事的脅威がないことが、ロシアとの決定的な違いである。
ロシア問題がなかったら、ここまで中国への制裁が早く進んだかどうかは、疑問である。
アメリカ・ロシア・EUの関係
就任当時、バイデン大統領が中国に対してと同じくらい、いや、それより大きく敵対の姿勢を見せていたのは、ロシアであった。
3月17日に放送された米ABCニュースのインタビューで、バイデン大統領はプーチン大統領のことを「殺人者」と呼んだ。
この日のインタビューは、前日の16日に、米情報機関が重大な報告書を公表した直後だった。プーチン大統領が昨年の米大統領選で、バイデン氏の選挙活動妨害を試み、トランプ氏を当選させようとしたと結論付けたのである。
ロシア側は、在米ロシア大使を本国に召喚。両者の関係は危機におちいった。しかし、ロシアは、関係の「不可逆的な悪化」は避けたい意向を強調していた。
一方で、EU側でも、ロシアとの関係は冷え込んでいた。人権問題、ウクライナ情勢、サイバー攻撃、それに加えて、プーチンの政敵、反体制指導者のアレクセイ・ナワリヌイ氏の問題があった。彼は、毒殺されかけて、療養していたドイツから1月に本国に帰国するやいなや、当局に拘束されてしまったのだ。
EUでは、2月からロシアに対して制裁を課すことを検討、ジョセップ・ボレル外交安全保障上級代表(外相に相当、以下、ボレル外相)は、2月22日に「ロシアは権威主義に突き進み、欧州から離れているという共通認識が(EU内に)ある」と記者会見で批判した。
そして3月2日、制裁を発表。プーチン大統領の側近ら4人に対して、EU域内への渡航を禁止、資産を凍結した。
EUとロシアの関係は、「どん底」と言われるまでにひどくなってゆく。
実はこの措置は、EUで12月に採択された「グローバル人権制裁制度」というものに基づいている。これが、第1号の制裁だった。これが後に中国に適用されることになるのだがーー。
米マグニツキー法と、EUのグローバル人権制裁制度
EUは、人権侵害に責任があるとみなされる個人や団体に対して、「法的枠組み」をもっていなかった。
これは、今まで制裁をしていないという意味ではない。「法的枠組み」がなかったのだ。
実際EUは、今まで30ヵ国以上の個人に対して、40以上の異なる制裁措置をとってきた。また、EUの国別制裁のうち、約3分の2は、人権や民主主義の目標を支援するために課されている。
しかし、法的枠組みがないということは、明確で透明性のある特定の基準がないということだ。さらにEUでは、もともと何事においても1カ国の政府や議会が決めるよりも時間がかかるのに、ましてや特定の基準がないと、一層ひどいという欠点がある。
EUで法律制定の動きが生じたのは、2012年12月に、オバマ大統領(当時)が署名した米国のマグニツキー法に触発されたためである。
セルゲイ・マグニツキー氏は、汚職を調査していたロシアの税理士で、2009年にモスクワの刑務所で、非人道的な環境と拷問に耐えながら亡くなった人物である。同法によって、個人の制裁が法的枠組みで可能になった。
このような法的枠組みは、アメリカ、カナダ、EU内ではエストニア、ラトビア、リトアニア、英国(当時)で制定された。オランダでも制定するように議会が政府に働きかけたところ、政府は「この法律はEUレベルでつくるのが効果的だ」と結論付けた。
そして2018年末にオランダ政府は「グローバル人権制裁制度」のポジション・ペーパーを起草。国連の国際司法裁判所があるオランダのハーグで、EU加盟国の代表者を招いて、議論を行った。
2019年3月には、欧州議会が採択し、EUレベルの人権制裁体制を速やかに構築することを、閣僚理事会に要請している。欧州議会は「制裁体制について、セルゲイ・マグニツキーの名前を象徴的に掲げるべきである」とも提案している。
同年12月、ボレル外相は、EU加盟国が提案された体制について強い合意に達したことを確認したため、欧州対外行動庁(外務省に相当)が制裁体制のための文書の準備を開始することになった。
こうして2020年12月7日、閣僚理事会で「グローバル人権制裁制度」が規則として制定。世界で、人権侵害に責任を追う個人・団体・国に対して、資産凍結やVISA停止などの制裁を課す法的枠組みが成立した。(6月には、制裁対象に汚職も追加された)。
ボレル外相は、「EUグローバル人権制裁制度の確立は、世界各地での深刻な人権侵害・人権乱用に対応するための自身の役割を強化するとのEUの決意を強調する、画期的な取り組みだ」、「誰もが有効な人権を享受することを実現することは、EUの戦略的目標である」と声明を発表した。
そして前述したように、3月2日、初めてこの法律を使った制裁が課された。それは4人のプーチン大統領の側近らに課されたものだった。
次から次へと制裁。キーパーソンはボレル外相
勢いづいたかのように、3月22日には、新疆ウイグル地区の幹部ら中国当局者4人と、1団体を制裁対象とした。
それだけではない。北朝鮮の弾圧、リビアにおける超法規的殺人および強制失踪、ロシアのチェチェンにおけるLGBTIや政治的反対者に対する拷問および弾圧、南スーダンおよびエリトリアにおける拷問、超法規的・略式・恣意的処刑および殺害なども、この日に制裁対象にしている。
中国からは、苛烈な反応がかえってきた。このような反応に対し、EU加盟国では、一層中国に反発を感じたり、とまどったり様々なのだが、その様子は後編に譲るとして、不動で常に毅然としているのが、ボレル外相なのである。
中国に対してーー正確には中国だけではないがーー人権侵害を許さないという強い姿勢でEUがいま運営されているのは、ボレル外相に負うところが大変大きいと感じさせる。これは、EU組織内部の政治力学に関係していると筆者は見ている。
以前と比べて、EU組織内部で何が変わったのだろうか。
後編に続く(今週中にアップ予定)
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