Tuesday, October 11, 2022

ALSの大分の母 視線でつづった思い出レシピ集…医師の夫「家族への愛情の証し」 - 読売新聞オンライン

 全身の筋肉が徐々に衰えていく難病の 萎縮いしゅく 性側索硬化症(ALS) を患う大分市の女性が、家族と囲んだ食卓の思い出の味をレシピ集にした。手足は動かず、寝たきりの生活を送るが、視線で文字を入力する装置を使って挑戦した。母として台所に立ってきた経験から「料理を通じて、大事な人たちに愛情を伝えてほしい」との願いを込めている。(谷口京子)

 今月2日、大分市の自宅で、ベッドに横たわった小手川喜美子さん(64)と、夫で医師の勤さん(61)が完成したばかりのレシピ集「今日のご飯は、なに? 小手川家の満腹ごはん」に目を細めた。喜美子さんは約2年前に人工呼吸器をつけるための手術を受け、会話はしづらくなったが、互いに「懐かしいね」と喜んだ。

 レシピ集はB5判20ページ。干しシイタケを使った勤さんの大好物「揚げ春巻き」や、息子たちの運動会のたびに作った「サンドイッチ」など、16品のレシピがほのぼのとしたイラストとともに掲載されている。どれも家族の思い出が詰まった一品ばかりだ。

 喜美子さんは大分大医学部付属病院(由布市)に薬剤師として勤め、37歳で結婚。2人の息子に恵まれた。仕事と育児に追われる毎日だったが、週末は野菜中心の手間をかけた献立を準備。器いっぱいのサラダを欠かさず、育ち盛りの息子のために魚と肉のおかずを両方用意することも。ピーマン嫌いの次男二郎さん(24)のために、幼い頃は何にでも細かく刻んで入れていた。

 「家族がおいしいと言って食べてくれる姿が、私の元気の源だった」と喜美子さんは振り返る。

 体に異変を感じたのは、57歳だった2015年2月。箸をうまく使えなくなり、食器を棚から取り損ねたり、階段を上りにくくなったりすることが増えた。翌年2月、ALSと診断された。

 「なんで私が。何か悪いことをしたのだろうか」。自分の人生を何度も振り返った。歩行器や車椅子を使って仕事や家事を続けたが、1年後には大好きだった料理もできなくなった。

 レシピ集は、日頃から喜美子さんと料理の話をしていたリハビリ担当の作業療法士、長尾夏音さん(29)の勧めでつくることにした。「自分はもう台所に立てないのに」と悩みもしたが、教えたレシピを「おいしい」と言ってくれる人もいて決断した。記憶をたどりながら、パソコン画面に表示された文字盤に視線を合わせて文章をつづり、長尾さんの友人らのイラストを添えて、約3か月で完成させた。

 喜美子さんは「ヘルパーの方々や家族ら多くの人の支えでここまでこられた」と喜ぶ。勤さんは「家族の笑顔と健康を思って料理をする妻の姿を思い出す。このレシピ集は、妻から家族への愛情の証しです」と話す。

 レシピ集は15日から大分市で開かれる神経難病患者の作品展で展示するとともに、1冊600円(税込)で販売する予定で、収益は日本ALS協会(東京)に寄付する。


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