Tuesday, February 25, 2020

「綿密な収支計画」と「とにかく実行」、どちらが正解? - ZUU online

(本記事は、テンダイ・ヴィキ氏、ダン・トマ氏、エスター・ゴンス氏の著書『イノベーションの攻略書 ビジネスモデルを創出する組織とスキルのつくり方』翔泳社の中から一部を抜粋・編集しています)

綿密な収支計画VS.とにかく実行(どちらも間違い)

私たちは、イノベーターがスティーブ・ジョブズと同じような市場認識を経営陣や決裁権者に与えることができると強く信じている。しかし、それが可能なのは、事業拡大の前にアイデアを検証する機会が与えられた場合だけだ。ここで問題となるのは、イノベーションに対する投資判断を経営陣に起案する際に、イノベーターがとりうる選択肢だ。第1の選択肢は、数十ページに及ぶ事業計画書を作成することだ。ここでは、イノベーションが既存事業と同様に計画可能なプロセスであること、すなわち計画通りに製品を製造すれば必ず顧客が購入することが前提となる。もちろん、そんな想定が常に成り立つわけではない。

綿密な事業計画作成には困難が伴うことから、大手企業のイノベーターは(これもまた問題があるが)2つ目の選択肢を選ぶことになる。具体的には、「イノベーションは既存事業とは異なるのだから管理すべきでない」と主張を始めるのだ。余計な管理をしないで、投資資金を与えた後は自由に実行させるべきだ、というのである。この「とにかく実行」の主張の根底には、自分たちのアイデアに情熱を持ったビジョナリスト集団がいなければイノベーションは成立しないという考えがある。私たちはこの考えに全面的に同意するが、その一方でイノベーション管理のプロセスで情熱的なビジョナリストを管理できないという考えは受け入れがたい。ビジョンと管理とは相反するものではないからだ。

イノベーションには費用が伴う。したがって経営陣には、適切な情報にもとづいて意思決定をする権利がある。これ自体はおかしな話ではない。単にこれまでは、経営陣が事業の収支計画という誤った情報源によって意思決定していただけである。しかしリーン・スタートアップとともに登場したいくつかの手法のおかげで、イノベーションを経営管理の一環として扱えるようになった。ビジョンと計画の両方をプロセスに取り込んだのだ。イノベーターのビジョンを検証すべき一連の仮説として文書化し、次にその仮説を顧客に対するテストで検証する。このような成功に向けた繰り返しのプロセスにおける経営層の役割は、収益性のあるビジネスモデルの構築に向けて、イノベーターのビジョンとチームの活動がうまく整合しているか、進捗も含めて管理することである。

イノベーション管理の主たる原則は、テストで実証済みのビジネスモデルのみを事業拡大する、という考え方だ。したがって新たな事業アイデアについては、経営陣はビジネスモデルの実証に投資すべきである。アイデア検証に対するわずかな投資によって、イノベーターは創造的な新事業に取り組むことができるようになり、経営陣はより多くの情報をもとに意思決定できるようになる。架空の収支計画を参考に意思決定するのでなく、フレームワークを使ってイノベーション・チームにデータにもとづく知見を積み上げさせたうえで、新たなアイデアに投資できるのだ。ここで学んだ教訓のおかげで、経営陣は自信を持って新たな事業アイデアに追加投資できる。本質的には、自社の経営陣が初めてゼロックスのPARCを訪問したときのスティーブ・ジョブズと同じような状態になるのだ。顧客に関する実証済みの洞察にもとづいて、画期的な意思決定を下せるだろう。

イノベーションの工程

グーグルXは、ムーン・ショット(訳注:月面着陸のような容易に実現できない大目標を掲げ、その目標に対して研究開発を行うこと)を追い求めるためにグーグルが立ち上げた研究機関だ。そこでは、ハイリスクな投資ではあるが成功した場合には革命的な、無人運転車のような常識外れのアイデア(訳注:原著の執筆当時は実現困難と思われていた)が複数研究されていた。

アルファベット創設に伴いXに社名変更されたこの研究機関は、革命的なアイデアを生み出すことに加え、それを成功事業に転換することもミッションとしている。ここでの狙いは、ほぼ完全に新発明のみに没頭していたベル研究所やPARCといった先人たちと同じ過ちを犯さないことだ。Xは自社プロセスの中にファウンドリーと呼ばれる中間段階を設けた。この段階では、同社のイノベーターを集中支援し、事業アイデアを市場で検証して成功するビジネスモデル(つまり持続可能なコスト構造と収益構造)を見つけ出す。

グーグルXのファウンドリー・プロセスは、イノベーション・ライフサイクルに沿って新事業を開発する意義が認識された非常によい例である。アイデアを持続的な利益に昇華させるまでには、対処しなければならない、いくつかの中間段階が存在している。これらの中間段階では、主に優れたビジネスモデルの探求とその拡大に注力することになる。3つの地平線(H1、H2、H3)に対して別の見方をすると、イノベーション工程の各段階とみなすことができる。H1製品はすでに成熟し売上と収益を生み出している製品。H3製品は研究開発段階の画期的なムーン・ショット。H2製品はH1のビジネスモデルの強化版の場合もあるが、イノベーションの観点でより重要なのは、H2製品のほとんどはH3を無事卒業し、実効性のあるビジネスとなりうる製品がしばらく待機している状態であるという点だ。事業拡張のための適切なプロセスがなければ、優れた潜在的可能性を持つH2の製品も失敗する。

『キャズム』(翔泳社、2002年)の著者ジェフリー・ムーアは、H2領域の適切な管理の重要性を主張している。彼は「ハーバード・ビジネス・レビュー」への寄稿記事で、現在収益を生んでいるH1製品の投資管理の意思決定は比較的容易であると述べている。それというのも、利益や成長は従来型の方法で管理できるからだ。H3製品は長期的な研究開発プロジェクトとみなされるため、しばらくは経営陣から「H1製品と同等の利益を稼げ」という圧力をかけられることはない。ムーアは、H1領域は利益のための「戦場」、H3領域は発明のための「遊び場」と評している。

対照的に、いったんH3製品がH2領域へ移行すると、その製品に対して即座にH1と同等の売上や利益、成長性を上げるよう期待される。「遊び場」から「戦場」へ直行というわけである。しかし本来は中間段階が必要なはずだ。イノベーション・ライフサイクルの考え方では、製品が十分に成熟しH1領域に到達する前に、必ず通過しなければならない複数の段階が存在する。各段階で製品に期待される要件は異なるので、各段階ではそれぞれ異なる方法で製品を管理するべきということになる。いずれにしても重要なのは、ビジネスモデルを実証済みの製品だけを事業拡大するという基本理念から外れないことだ。

イノベーション・ライフサイクル

イノベーション・ライフサイクルの中核は、「探索」と「実行」という2つの長期的な段階である。収益性があり持続可能なビジネスモデルが見つかったときに、実行の段階に入る。その前段階として、イノベーターたちは収益を生むビジネスモデルを探索しなければならない。探索で要求されるのは、ある種のリスクを突き止め、それを墘減することだ。スティーブ・ブランクによれば、リスクには「技術リスク」と「市場リスク」の2種がある。

技術リスクとは、そもそも自分たちに製品を製造する能力があるか(できるのか?)という懸念である。つまり技術開発に成功できるか、ということだ。対照的に、市場リスクとは顧客が製品を購入して使用するか(やるべきか?)についての話だ。仮に技術が機能したとして、それでお金を稼げるのか、ということだ。

イノベーターは、技術リスクと市場リスクを両方とも解決しなければならない。研究開発センターにおいて、企業はこれまで技術リスクだけに注意していた。しかしながら、市場リスクも同じくらい重要なのだ。そもそもその製品を作るべきかどうか、という話はプロセスの早い段階で済ませておきたい。この点に関して、エリック・リースによれば「価値仮説」と「成長仮説」の2つを考える必要がある。価値仮説では、自分たちの製品が顧客の真のニーズを満たすことを検証する。一方の成長仮説では、製品を顧客の目に留めさせて購入させる手段と、自社製品が市場シェアと利益を拡大していくための手段に焦点を当てる。イノベーション成功の鍵は、この2つの仮説を検証することだ。

スティーブ・ブランクの顧客開発モデルでは、イノベーション・ライフサイクルが4つのステップで説明されている(図4-9)。最初の2ステップは探索フェーズ、後半の2ステップは実行フェーズである。「顧客発見」ステップではイノベーターのビジョンを文書化し、ビジネスモデルの仮説に落とし込む。

次に「顧客実証」ステップでこれらの仮説を検証する。続く「顧客開拓」ステップで、需要喚起や販売促進を通じてスケールさせていく。最後の「組織構築」ステップでは、スタートアップから中核事業への転換、もしくは実証済みのビジネスモデルを遂行する新会社への転換を完了する。

イノベーションの攻略書 ビジネスモデルを創出する組織とスキルのつくり方

テンダイ・ヴィキ

イノベーション戦略コンサルティング会社であるベネリ・ジェイコブスの創業者兼主席コンサルタントとして、企業がスタートアップ同様にイノベーションを起こすための社内エコシステム構築を支援。博士号(心理学)とMBAを取得している。フォーブス誌にも寄稿を行う。プロダクト・ライフサイクル手法は2015年にニューヨークで行われたコーポレート・アントレプレナー・アワードにおいてベスト・イノベーション・アワードを受賞した。

ダン・トマ

世界各国のハイテクおよびインターネット関連スタートアップに起業家として関与した経験を持つ、欧州のアントレプレーナー・コミュニティのリーダー的存在。ドイツテレコム、ボッシュ、ジャガー、ランドローバー、アリアンツといった企業を顧客に持つ。エコシステムを通じたイノベーション実現アプローチの主要な提唱者として、アジアや欧州の各国政府に対する国策イノベーション・エコシステム構築や国策イノベーション戦略立案の支援も行う。

エスター・ゴンス

ネクスト・アムステルダムの共同創業者兼出資者として、アイデア段階から有効なビジネスモデル構築までのスタートアップ支援を行う。アムステルダム応用科学大学のコミュニケーションおよびマルチメディア・デザイン学科においてアントレプレナーシップ講座を開設。さらに、国際的な講演者として2011年に最初のスタートアップ・バス・ヨーロッパ・ツアーを主催するとともに、過去6年にわたってロックスタート・アクセラレーターの主席メンターを務める。

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February 26, 2020 at 09:00AM
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