「農福連携」という言葉をご存知だろうか。農業と福祉が連携して、障害者の雇用を増やしたり、周到支援をしたりする取り組みだ。名古屋のkintone hiveに登壇したホットファームは農福連携で、障害者の就労支援を行なっている。働くということに慣れてもらい、一般企業への就職の足がかりにしてもらうのが目的だ。就職して出て行ってもらうことが目標なので、働く人は入れ替わるのが前提。ノウハウが属人化しやすい農業という現場で、ホットファームはどのような取り組みをしているのか。
それぞれの目的が違いすれ違う農業と福祉の世界に共通言語を
「農業と福祉に数字という共通言語を」というセッションでkintone hive Nagoyaに登壇したホットファームの梅林 泰彦氏は、まず農業と福祉の現状について紹介した。農業においては、新規就農者の平均年齢が66.8歳、しかも全体の65%以上が50歳以上だという。企業勤めをリタイアしたあとに、農業を始める方が多いとのこと。また、平均年収は454万円。中には1000万円以上稼ぐ人もいるそうだが、「まずは250万円を目指しましょう」というのが一般的なのだそうだ。
福祉については、法律で全従業員の2.2%以上は障害者を雇用するよう求められている。しかし達成率は半数以下の45.9%、未達成企業のうち1人も雇用していない企業が57.8%もあるという。未達成の場合は罰金が科せられるが、それでもなかなか進まないのが現状のよう。一方、雇用される方の障害者はというと、就労継続支援A型事業所で月額6万6412円、B型事業所にいたっては月額1万4838円という低賃金だ。筆者は障害者の話を聞く機会も多いが、この賃金の低さにやる気を失う人も多く見てきた。それでも、働けないよりは働けた方がいい。居場所を得ることができ、自身の存在意義を見いだせる。そのためには、働くということの練習をする場が必要だ。
「このふたつの課題を同時に解決する施策が、農林水産省と厚生労働省が連携して推進する農福連携です。農業における課題と福祉における課題を解決しつつ、利益を創出しようという取り組みです。ホットファームも就労支援で協力させていただいています」(梅林氏)
ホットファームでは障害者とともにトマトを生産している。中でも「アップルスター」という品種の人気が高く、毎年生産量も売上高も増え続けている状況だ。生産量は20トンから120トンへ、売上は900万円から6000万円へ、取引先も3社から80社へ増加した。その中でさまざまな試行錯誤があり、ノウハウも蓄積されていった。たまった知識やメモはデータ化することで情報になる。その情報を活用しようと、梅林氏らは動き出した。というのも、農業と福祉には共通言語がなく、双方の担当者と会話をしていてもすれ違いが多かったからだ。
「農業の担当者は、勘と経験と度胸が必要だという感覚から抜け出せていません。福祉はセーフティネットとして農福連携を考えているので、特定の品種にこだわる必要はないのではないかと言い出したりします。これでは会話にならないので、情報を活かして『数字』という共通言語を持てば会話が成立し、取り組みも進むのではないかと考えました」(梅林さん)
Excelのコピペで手が攣り、Accessはカオスと化し、たどりついたのはkintone
ホットファームは、メモを情報にするためのツール探しの旅を始めた。最初はやはりExcelから始めてみたが、取引先が次々に増え、Excelのファイルもそれに応じて増えていった。集計の際にはそれらを順次開いて、目的の数字をコピーし、集計用のExcelにペーストする。
「『Excelのコピペで手が攣りそう』なんていう冗談を聞いたことがありましたが、冗談じゃなかったんですね。私は本当に手が攣りました」(梅林さん)
集計のたびに手が攣っては困るので、Excelにマクロを組み込んでみた。最初は具合よく進んでいるように思えたが、マクロの変更が頻発し、マクロの修正と管理だけで忙殺されるようになった。次に挑んだのはAccessだった。しかしこれも修正を繰り返しているうちに使い勝手が悪くなり、仕組みとしては崩壊したという。
もっと使いやすいものはないのかと視野を広げ、見つけたのがサイボウズのkintoneだった。kintoneを知ったときの最初の印象は、「アプリを作れるアプリがあるんだ!」というものだった。自分たちでアプリを作れるなら、どんどん作って、使いやすいものだけを残してどんどん捨てられる。そう考えたという。また、データベースをたくさん作れる点も気に入った。情報をためて活用できるツールを探していたので、ぴったりだった。
「導入にあたって掲げた指標が3つあります。1つめは、システムと広告は麻薬だということ。一度使い始めてもらえればやめられなくなるはずです。2つめは、アナログを否定しないということ。すべてをkintoneに置き換えるのではなく、紙で記録する方がいい部分は紙を残すことにしました。3つめは、カタカナに頼らないこと。IT業界ではカタカナ用語がたくさん使われますが、農家の方にも障害者の方にも通じません。『ジョインしました!』ではなく『入社しました』って言ってくれよと、よく思っています」(梅林氏)
たとえば、紙で記録する方がすぐれている部分、それはメモの最初の段階にあった。トマト栽培用ハウスは湿度が高く、タブレットやPCを設置してもすぐに壊れた。そもそも土と水にさらされた手は乾燥して、タブレットのタッチパネルが反応してくれないという事情もあった。
基本の指標に基づいてkintoneアプリをつくる前に、まず作業の分解と再構築を行なった。従来、多くの農家は収穫以降の作業を収穫、調整、納品という3つに分けて考えている。調整とは、サイズや品質で選別したり、それぞれの商品に合わせて包装したりする作業のこと。これをホットファームは選別、軽量、規格分け、商品化、出荷に細分化した。ひとつひとつの作業を、健常者でも障害者でも迷うことなくできるよう、作業のやり方も工夫した。そして、それをkintoneアプリに反映していった。たとえば選別したトマトを色分けされたケースに仕分けするのだが、重量を入力するアプリの入力欄の並び順をコンテナの並び順に揃え、視覚的にわかりやすくした。
勘と経験の世界から、数字に基づいた施策を打てる農業へ
kintoneの導入が進んでデータが蓄積され、数字やグラフになると、これまで考えられなかったことも考えられるようになった。農作物は日々の収穫量に波があり、作業量も変わる。収穫量をグラフ化して眺めていると、なんとなくその波が予想できるようになり、忙しくなる時期に合わせて作業の準備ができるようになった。また、出荷する商品として袋詰めのものとパック詰めのものがほぼ同数だったが、パック詰めよりも袋詰めの方が作業に時間がかかる。つまりパック詰め商品を多くする方が作業効率が上がり、利益を確保しやすいことになる。実際の出荷量を見て気づきを得て、パック詰め商品中心にシフトしていった。
「もうひとつ衝撃的な事実が判明しました。みんな経験的に夏は小玉が多いと知っていましたが、実際8月は小玉が多いのですが、グラフで確認してみると6月からすでに小玉が増え始めていることがわかったのです。ということは夏に向けた対策をするのでは手遅れで、6月収穫分の作付けをする3月から対策を打たなければならないということです」(梅林氏)
これらの情報は現場の改善に活かされるとともに、農業と福祉を橋渡しする共通言語にもなった。収穫量や売上といった数字を軸に、農業側でできること、福祉側が考えるべきことがわかり、スムーズな対話が実現した。
「農業は英語でAgicultureと言います。産業の中で唯一、文化(culture)という言葉が入っているのです。農業で働くことで、誰もが社会に貢献できる生き方を、文化として実現していきたい、そのためにkintoneをもっと活用したいと考えています」(梅林氏)
そう語って、梅林氏は話を締めくくった。
kintone hiveでは、事例を語ってくれた人の中からもっとも聴衆にインパクトを与えた人を選出し、東京でのkintone Awardに登壇してもらうことになっている。今回は会場だけではなくオンライン視聴で参加している人もいたが、投票は手元のPCやスマートフォンで簡単にできる仕組みになっていた。
過去にkintone hiveで登壇した人がその後どのようにkintoneとつきあっているかを座談会形式で聞くAfter hiveというセッションを挟んで、もっとも多くの票を集めた登壇者が発表された。栄えある中部代表を射止めたのは、アミックスコムの安藤 満秋氏だった。東京で、全国の猛者とプレゼンテーションで競い合うのを楽しみにしたい。
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April 06, 2020 at 08:30AM
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ホットファームの農福連携を実現した「数字」という共通言語 - ASCII.jp
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