Tuesday, November 16, 2021

【真説 日朝文化史】(8)秘話「イムジン河」 総連は「大問題」と思わず… - 産経ニュース

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レコード会社へ抗議した朝鮮総連の李寅宰文化局長(当時、㊨)と李喆雨氏(李喆雨氏提供)
レコード会社へ抗議した朝鮮総連の李寅宰文化局長(当時、㊨)と李喆雨氏(李喆雨氏提供)

ザ・フォーク・クルセダーズ(フォークル)は1965(昭和40)年、京都の龍谷(りゅうこく)大学に入った加藤和彦(1947~2009年)が雑誌にメンバー募集の告知を出したことに始まっている。それに応じた京都府立医大のきたやまおさむ(75)ら計5人で結成されたのが第1次フォークル。もちろんアマチュアだった。

『イムジン河』を初めてステージで披露したのは66年のことだ。この歌を初めて聴いたときのことを、きたやまはかつて私のインタビューにこう振り返っている。「フォークルは世界の民謡を歌っていたけど〝朝鮮民謡〟は初めて。南北の分断を嘆く名もなき民衆が人知れずつくり、口づてで広まっていった歌だと思い、これぞ『フォークソング』と興奮しました。歌の持つ力はダントツでしたね」

美しく叙情的なメロディー、メンバーの仲間だった松山猛(たけし)(75)=後に作詞家・エッセイスト=が訳・作詞した民の悲しみと、その先の希望が込められた言葉の数々…。学生運動や反戦を訴える時代とも合ったのだろう。『イムジン河』は、フォークルのステージで最後を飾る1番人気の歌となってゆく。

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