2020年11月に刊行した『スマホ脳』。2021年1月には印刷部数22万部を超えるベストセラーとなっている。
撮影:三ツ村 崇志
FacebookやTwitterで誰かから「いいね」が付いているかもしれない……。友人からLINEが送られてきているかもしれない……。もしかしたら、緊急のニュースが届いているかもしれない……。
仕事や勉強をしている最中に、こうして思わず手元にあるスマートフォンに手を伸ばしたことがある人は多いだろう。
私たち現代人は、スマートフォンの「魔力」とも言える吸引力によって、どんどん時間を奪われている。
「脳は、『●●かもしれない』という状況が大好きなんです。そこに注意を向けたがる。だから人間は、ギャンブルのように結果が不確実なものが好きなんです。
Facebookの『いいね』も、『いいねがついているかもしれない』という不確実な性質のものです。だからみんな、思わずチェックしてしまう」
こう語るのは、2020年11月の刊行後、すでに22万部を超えるベストセラーとなっている『スマホ脳』の著者、スウェーデンの精神科医アンデシュ・ハンセン氏だ。
生活がスマホに侵食されつつある私たちの身に、いったい何が起きているのか。その秘密をハンセン氏に聞いた。
「人間は気が散りやすいから生き延びられた」
『スマホ脳』の著者、スウェーデンの精神科医アンデシュ・ハンセン氏。
撮影:三ツ村 崇志
——日本でもスマホの利用時間の長さが問題視されることがあります。なぜ我々は、思わず集中力を切らしてスマホに手を伸ばしてしまうのでしょうか。
アンデシュ・ハンセン氏(以下、ハンセン氏):人間の生態は1万年前からあまり変わっていません。昔、人間はずっと狩猟採集民として生活していました。常に危険と隣り合わせの生活の中では、他のことに注意を向けること、言い換えると「気が散りやすい」という性質は、生き延びる上で非常に重要だったと考えられます。
—— 思わずスマホを見てしまうことは、ある意味、本能的ということでしょうか?
ハンセン氏:人間は本来、集中し続けることが非常に難しい生物なのだと思います。
現代では、この人間の注意を引きつける仕組みをハックすることで多くの企業がビジネスを成立させています。その仕組みが巧妙になっていった結果、私たち人間は必要以上に時間を奪われるようになってしまっていると言えるでしょう。
—— 著書の執筆にあたり、スマホが及ぼす影響についてさまざまな調査をされたと。その過程で注目した点などがあれば教えて下さい。
ハンセン氏:2つあります。
まず1つ目は、「多くの企業が非常にパワフルなAIを開発している」ということです。企業は人が何に注目し、どんなところに興味を持つのかを解析するためにAIを使っています。
Facebookなら、どのようなパターンの写真やニュースに「いいね」がつくのかという研究ですね。それが非常に洗練された上で、計画的に行われている。この事実が、第一の驚きでした。
—— スマホはただでさえ人の集中力を削いでしまうような存在である上、企業がさらにそれを加速させる仕組みを作っているということでしょうか。
ハンセン氏:そうですね。ただ、人の注目を得ようとする試みは昔からありました。出版物だったり、いわゆる広告だってそうですよね。ただ、現代では昔と比べ物にならない洗練されたやり方で、人の注目を確実に奪いにきているわけです。
そしてもう一つ衝撃だったのは、スマホを使っている多くの人々が、実際に脳がハックされているにも関わらず、自分が望んでスマホを手にとっていると思い込んでいるということでした。
なぜ私たちはスマホにハックされてしまうのか
スマホに「ハック」された私たち。夜寝る直前までスマホを見てしまう人は少なくないだろう。
Shutterstock/HAKINMHAN
—— そもそも、なぜスマホは私たちの集中力を削ぐ力が強いのでしょうか? 著書では、その原因の一つとして脳内物質の「ドーパミン」について触れていますが、ドーパミンはどんな物質なのでしょうか?
ハンセン氏:ドーパミンは「神経伝達物質」の一種で、人間の行動のきっかけになる物質だといえます。特に興味や好奇心など、「何に注目するか」を決める重要な物質です。
食べ物を食べようとしたり、他人とコミュニケーションを取ったり、あるいはセックスをしたりと、ドーパミンは「生存のために重要なこと」をする際に分泌されるのです。
—— これが分泌されると、その行為を生存に有利な行動であると考えて、積極的に選択するようになるということですね。
ハンセン氏:そうですね。例えば次のような実験があります。
音を鳴らしたあとに、マウスにジュースを与えるという実験です。これを行うと、マウスの脳内では、音が聞こえた段階でドーパミンの分泌量が増加するようになります。
ただ、ドーパミンが最も多く分泌されるのは、音が鳴ったあとに必ずジュースが出てくる場合ではなく、「ジュースが時々出てくる(例えば半々)とき」だったんです。
私たちの脳は、生き残る上で重要な「ご褒美」を確実にもらえる状況よりも、「多分」とかもらえる「かもしれない」という不確実なシチュエーションが大好きなんです。
—— なぜそんなことが起きているのでしょうか?
ハンセン氏:これもやはり進化と関係していると考えています。
狩猟・採集を行っていた時代は、必ず獲物や果実を得られたとは限りません。ただ、「獲物が見つかるかもしれない」と探しに行かなければ、生き延びることはできなかった。
—— 不確実な行動を選択したからこそ、結果的に有利になったということでしょうか。人間の「好奇心」の源泉は、そういった生存戦略と関係しているのでしょうか。
ハンセン氏:そうだと思います。
「いいね」が付いているかもしれない…。私たちの脳は、その誘惑に抗えない。
Koshiro K/Shutterstock.com
—— それが、スマホによって集中力を削がれることとどう関係しているのでしょうか?
ハンセン氏:人間は常に新しい情報を求め、それに応じてドーパミンを出しています。結局それも、生存確率を上げるために起きていることだと言えるのではないでしょうか。
もちろん、そういうシステム自体は悪いものではありません。
ただ、このデジタル社会では、そのシステムが人間の「脆弱性」として企業に利用されてしまっている状況です。
Facebookの「いいね」がついているかどうかも、不確実な「かもしれない」という性質のものです。だからこそ、みんな思わずチェックしてしまう。
—— かつては生存のために有利に働いていた脳のシステムが、SNSにハックされているという理由はそこですね。ハックされた結果、どんな問題が起きているのでしょうか?
ハンセン氏:スマホの使用時間が長くなったせいで睡眠や運動、人とのコミュニケーションを取る時間が減少していることが一番の問題だと思います。こういった行為は、メンタルヘルスを守るうえで重要なのです。
例えば、スウェーデンでは睡眠障害の人がここ20年で1000%に増えていたり、若い人の間で不安障害が増えていたりということがあります。その原因を探していく中で、人間の進化が関係しているのではないかと思い、今回の著書にまとめています。
スマホは「ポケットサイズのカジノ」と同じ
電車などのちょっとした空き時間でもついつい、スマホを取り出してしまう。
撮影:今村拓馬
—— スマホの他にも、ドーパミンを分泌させるようなものはあると思います。そういったものと、スマホは何がちがうのでしょうか。
ハンセン氏:ドーパミンの分泌に関係する「報酬系」とよばれる神経系は、食べ物や人とのコミュニケーション、ドラッグやアルコールなどでも刺激されます。
その中でもスマホがこれだけ脳をハックできている理由の一つは、やはり企業がそのシステムに入り込む術を研究し尽くしているという点が大きいと思います。
加えて言えば、その影響が24時間、常に身近に存在し続けているという点もポイントです。
「ポケットに1日中利用できるカジノが入っている」とイメージすれば良いかもしれません。
—— 他方、スマホが手元にあっても、それほど影響を受けない人もいます。スマホ依存になりやすい人となりにくい人の違いは何なのでしょうか? 遺伝的な影響もあるのでしょうか?
ハンセン氏:アルコールやコカインなどの薬物依存については、遺伝的な要因も関係していると聞いたことがあります。ただし、他にも子ども時代のトラウマなどの要素も関わっていることもあり、非常に複雑です。
ドーパミンに対する反応の強さ、というような一つの理由だけで説明できるものではないと思います。
もちろん、スマホへの依存性にとってドーパミンが大きな役割を果たしているとは思います。ただ、個人差はドーパミンに関する要素だけでは説明し切れません。
—— 使えば使うほどはまっていく、というようなこともあるのでしょうか?
ハンセン氏:アルコールにしてもスマホにしても、同じ効果を得るためにたくさん飲んだり、使ったりしなけれならない現象はあると思います。
よく「デジタルデバイスは使うほど慣れて、うまく集中できるようになるはずだ」という人もいますが、それは違うと考えています。むしろ集中力は、デバイスを使うほど削がれていくのではないでしょうか。
いくら脳には可塑性(状況に応じて変化する性質)があるといっても、ドーパミンによって集中力を阻害されるという脆弱性について慣れていくことは難しいと思います。
スマホへの依存は依存症への入口になりうるのか?
スマホは私たちにとって「魅力的」すぎるものになってしまった、と話す。
撮影:三ツ村 崇志
—— 人間の脆弱性が刺激され過ぎてしまうと、将来的に依存症のような状態になってしまうのでしょうか? 病気としての依存症という状態と、スマホを気にし過ぎて集中力が散漫になってしまう状態の「境目」はどこにあるのでしょうか?
ハンセン氏:依存症は「悪いことだとわかっているのに、自分でやめたり制限したりできない」という状況です。病気としての依存症との境目については、非常に回答が難しいです。
全ての依存性のあるドラッグには、ドーパミンレベルを上げる効果があります。これは周知の事実です。またコカインは、非常に依存性の高いものだと言われています。では、スマホも同じようなものかと言われると、そうとは言い切れません。
もちろん、中にはスマホに依存している状態の人もいるかもしれません。
ただ、繰り返しとなりますが、メンタルヘルスという意味では、スマホ自体よりも、スマホを使うことでメンタルヘルスを守るような睡眠などのコミュニケーションが失われることの方が危ないということを強調させてください。
「人はもうスマホには抗えない」
この原稿を書き上げるまでに何度スマホに手を伸ばしたのかは、言うまでもない。
Oscar Wong/Getty Images
——若者ほど、スマホをはじめとした依存性のあるものの影響を受けやすいと言われています。その理由はなんでしょうか?
ハンセン氏:若いときの方が、脳の可塑性があるので、脳も変わりやすい。ただ、脳の報酬系が大人よりも反応しやすいため、例えば、お酒やドラッグなどの行動にも衝動的にひかれやすいといえます。
それに加えて、理性を保つ「前頭葉」も未発達です。つまり、衝動を抑えられない。ギャンブルやお酒は規制がありますが、私は同じように若い人のSNSの使用にも規制があった方が良いのではないかと考えています。
—— 実は私もハンセン氏の本を事前に読む合間に、何度もスマホをいじってしまいました……。私たちはどうすればこれに抗うことができるのでしょうか?
ハンセン氏:昔は本が好きだったのに、最近はあまり読めなくなったという話はよく聞きます。実は、私自身も同じような状態です。
脳の仕組みをよく知ってみると、いろいろな企業が一生懸命開発している人々の注意を引き寄せるテクニックには抗えないと自覚しました。
もうとにかく、スマホを近くには置かないということくらいしかないのかも知れません。スマホは私たちにとって「魅力的」すぎるものになってしまっています。
手元にキャンディーがあれば、食べてしまいますよね。スマホも同じです。手元に置いてあると見てしまう。とにかく手元に置かないのが一番です。
(聞き手・構成、三ツ村崇志)
アンデシュ・ハンセン(Anders Hansen):精神科医。ノーベル賞選定で知られる名門カロリンスカ医科大学を卒業後、ストックホルム商科大学にて経営学修士(MBA)を取得したという異色の経歴の持ち主。現在は王家が名誉院長を務めるストックホルムのソフィアヘメット病院に勤務しながら執筆活動を行い、その傍ら有名テレビ番組でナビゲーターを務めるなど精力的にメディア活動を続ける。前作『一流の頭脳』は人口1000万人のスウェーデンで60万部が売れ、その後世界的ベストセラーに。
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