Monday, March 1, 2021

働くAI:出光の「タンカー配船計画」を60分の1の作業時間に。“輸送の最適化問題”解くAI活用 - Business Insider Japan

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AIがさまざまなビジネスで活用されはじめている現代。

とはいえ、AIベンチャーが開発するサービスは、無数のデータを学習させることで高い精度で画像を見分けたり、正確に音声を認識したりするいわゆる「パターン認識」の技術を使ったものが多いのが現状だ。

石油製品の販売で知られる出光興産は、AIベンチャー企業の「グリッド」と協力。国内における石油の海上輸送(以下、配船)計画をAIで最適化できるよう取り組んでいる。2020年6月に実証試験を完了。2021年度中の本格運用の検討が進んでいる。

配船計画の最適案は、複雑なパラメーターを考慮しなければならず、これまでは職人技でつくられていた。それを立案するAIは、どうやって作られたのだろうか。

石油の輸送に求められる「条件」

タンカー

大きさにもよるが、タンカー(輸送船)は1回あたり数千キロリットルの石油を運んでいる。年間で数百回の航海をくり返す。

提供:出光興産

出光興産は海外から調達した原油を国内8カ所の製油所で燃料として精製。全国各地にある燃料貯蓄場の「油槽所」(41カ所)にタンカー(内航船)で輸送している。油槽所に送られた燃料は、そこからタンクローリーで約6400カ所にのぼるガソリンスタンドをはじめ、消費者(需要家)に届けられる。

私たちがどこのガソリンスタンドに行っても確実に燃料を補給できるのは、この燃料の輸送システムの安定なくしてありえない。

燃料の使用量は日々一定というわけではない。寒くなれば暖房用の燃料の消費量は増えるし、事故やメンテナンスで油槽所が使えなくなれば、別の油槽所から燃料を供給しなければならなくなる。

出光興産は、こういった事情を踏まえながら、常に全国の油槽所の燃料が不足しないように、80隻の輸送船で燃料を運んでいる。輸送船のスケジュールは、全国の油槽所に安定してスムーズに燃料を供給しつつ、できるだけ低コストになるよう精密に管理されている。

800個近いパラメーターを人の頭で考える限界

北海道製油所

北海道にある製油所。ここで原油から各種石油製品の素材がつくられる。

提供:出光興産

これまで、配船計画は基本的に人の手で立てられてきた。

出光興産によると、配船計画の担当者は毎朝、各輸送船から現在地を確認することはもちろん、気象・海象情報などから見込まれるその日の輸送計画について状況整理を行う。

さらに、各地の油槽所に保管されている燃料の在庫量などを確認したうえで、2週間から1カ月先の出荷予測と合わせて在庫量が不足しないように配船計画を立案している。このとき、燃料の在庫量以外にも輸送船が寄港する桟橋の使用可能時間や、輸送船で働く乗組員の労働時間など、考慮しなければならないパラメーターの数は800個近くある。制約条件も膨大だ。

出光興産で輸送船の配船計画のAI化を推進した村上正氏は、

「地域によって出荷の振れ幅の大きい油種があったり、管理できる油量が少なかったりすることもあります。各油槽所の状況を把握しながら配船計画を立案しなければなりません。

また、天候はもちろん、油槽所の在庫状況などは常に変化しています。状況が変わるたびに配船計画を見直して、夕方までに最終決定をしています。朝から晩まで、365日、こういった業務をしている状況です」

と過酷な業務内容を語る。

また、考慮しなければならないパラメーターが多い中で、本当に効率的な運用ができているのか、難しい現実もある。

「決定した運行スケジュールも、思い返せばもっと最適なものがあったかもしれません。ただし、日々の忙しさもあり、それを評価することも難しかった」(村上氏)

配船計画は、約20人前後が参加する会議で決定される。

立案された配船計画に対し、それぞれ異なる視点でチェックしながら、全体として大きな不備が無いかどうかを確認。その上で最終案を決めているという。

ただしそれでは、配船計画が属人性の高い「長年の経験」を頼りにせざるを得ない状況になる。個人に依存してしまうと、技術の継承の問題や危機管理上の懸念もある。

そこで声がかかったのが、AIベンチャーのグリッドだった。

輸送船の「デジタルツイン」を構築して「強化学習」

曽我部さん

グリッドの曽我部完代表。

提供:グリッド

「輸送船や製油所、油槽所を仮想空間にシミュレートして、最終的に船舶計画を出力するAIをつくりました」

代表の曽我部完氏は、出光興産との取り組みをこう説明する。

グリッドはインフラ系の企業を中心に、既存システムを仮想空間上に再現し、さまざまな状況のシミュレーションを実施。AI技術ディープラーニングの1つである「深層強化学習」によって業務の効率化を図る事業を得意としている。

同社では深層強化学習が配船計画の効率化のような「最適化問題」(一定の制約条件の中で、ある関数の最小・最大を求める問題)の解法として利用可能だと思われていなかった頃から研究を続けていた。

強化学習とは何か

強化学習とは、プロの囲碁棋士に勝利したことで知られる人工知能「AlphaGo」でも活用された機械学習の手法の一つ。曽我部氏は「試行錯誤をしながら、より良い方法を探索していくことができる手法です」と説明する。

グリッドはまず、製油所と油槽所のパラメーターや、輸送船の利用ルール、出光興産の会社としての基本業務ルールをはじめとした輸送船を運用する上で考慮しなければならないパラメーターや制約条件を出光興産へのヒアリングなどによって抽出した。

属人化している細かな運用ルールなどと合わせて、仮想空間上に燃料輸送をシミュレーションできる「デジタルツイン」を再現。さまざまな運航計画をシミュレーションしていった。

運航計画のデキの良さに応じて「報酬(※)」を与えるアルゴリズムによって、シミュレーションを繰り返す度に「より出来の良い運航計画」を立案するようになっていくというわけだ。

(※)強化学習では、結果に対して報酬を与えることでその出来の良し悪しを判断。より報酬が高くなるような選択をするようになる。

また、AIを構築する上では、これまでの経験知も反映しながらシステムを構築していったという。

「吐き出された配船オペレーションを見てもらい、『ここは変だな』という部分をヒアリングしながらデータ分析して、その理由を検討していきました」(曽我部代表)

AIに運航計画を立案させた上で、現場をよく知る人間がその評価をして制約条件やアルゴリズムを調整。この繰り返しによって、計画の精度は飛躍的に上がっていったという。

出光興産の場合、昭和シェル石油との統合(2019年4月)などの影響もあり、開発に2年ほど時間がかかったというが、通常は大体1年程度で開発できるという。

1カ月分の計画を立てる時間が60分の1に短縮

コスト

船舶計画を立案する時間が60分の1に、輸送効率(コスト)も20%低下した。

出典:出光興産

出光興産によると、AIに運行計画を立案させたことで最も大きかったのはコストメリットだ。

片山氏は、

1カ月分の運航計画が(60分の1となる)10分程度で出てくるようになり、計画を策定する時間が圧倒的に早くなりました」

とその効果を語る。

過去の配船実績と比較しても、配送回数や距離が短くなっていることはもちろん、燃料費については2割近く削減できたとしている。

また、運航計画の立案ができたことによる効果はこれだけにとどまらない。

配船計画に関わる人材に時間的な余裕が生まれ、BCP(事業継続計画)の発想から危機管理のトレーニングやシミュレーションが可能となりました」(片山氏)

と、これまで時間的余裕がなかったため見落とされてきた業務をおこな得る余裕も出てきた。出光興産では、2021年度中にも、実証しているシステムを本格運用することを目指しているという。

現場をシミュレーターで可視化して業務に落とす

業務効率を最適化したいと考えている企業は多いだろう。

「ビジネスルールや物理モデルをシミュレーターで可視化して、業務に落としていく。これが出来ると、幅広い産業の計画業務(最適化問題)を解くことができます」

曽我部代表はこう自信を見せる。

実際、グリッドではインフラ系の企業を中心に、ほかにも最適化問題を解くような業務を請け負っており、汎用性は高そうだ。

ただし、パラメーターを抽出するためにその領域(ドメイン)の専門的な知識が必要になるうえ、アルゴリズムにも精通していなければならず、技術的なハードルが高い。AIベンチャーは、パターン認識の技術を利用したサービスを提供している企業が少なくなく、最適化問題への活用はまだ主流とはいえない。

曽我部代表は、そういった現状に理解を示しながら、「将来的には、最適化技術に注目が集まってくると思っています」と今後のAI業界の展望を描いていた。

(文・三ツ村崇志

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