Sunday, March 28, 2021

「御城印」集めの先駆け郡上八幡城 城ブームをけん引 - 岐阜新聞

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 近年、全国的な「城ブーム」が続いている。名城巡りや御朱印の城バージョン「御城印」集めが人気を呼び、博覧会「お城EXPO」も開かれた。岐阜県内には天守の観光利用や御城印発行で、全国に先駆けてきた「お城」がある。4月6日(シ・ロ)の「城の日」を前に、ブームを引っ張る素地を探った。

 金華山にそびえる岐阜城。鉄筋コンクリート造りの現在の城は、1956年に完成して今年で65年となる。実は明治以降に再建された天守としては"2代目"。戦前にも木造の天守が存在していたことはあまり知られていない。

 "先代"は明治末期の1910年5月に落成。3層3階の木造トタン葺(ぶ)きで、岐阜城資料館に残る数枚の写真パネルからは、今の天守とは全く異なるシルエットだったことがうかがえる。岐阜市と市教育委員会が発行する「国史跡 岐阜城跡」や、城の専門情報サイト「攻城団」などによると、明治以降の近代に建設された模擬天守では全国で最も古い。落成式には10万人以上が集まり、初年度は4万人ほどの登山者が訪れたという。

 「遠くからでも見えただろうし、まちのシンボルといえる存在だったのではないか」と現岐阜城の東均副館長は思いを巡らす。だが、戦時下の43年に失火によって焼失してしまった。

 56年、再建を願う市民の募金などにより3層4階の現在の天守が完成。2006年には日本城郭協会の「日本100名城」に選ばれ、近年はそのスタンプ巡りで訪れる人も多いという。東副館長は「やはり織田信長や斎藤道三といった有名武将の歴史を感じられる場所であることが魅力でしょう」と語る。岐阜城は岐阜のにぎわいの拠点として今も"君臨"している。

 一方、令和の城ブームは「御城印」集めが火を付けた。その先駆けとなったのは郡上八幡城だ。

 来城の記念証にと2016年4月に発行を始めた。城を管理する郡上八幡産業振興公社の担当者小木曽匡さんは「商品ではなく、城巡りの促進や城の連携につながればと考えて始めた。全国で3例目だったと思うが、まだ御城印という呼び方は定着しておらず、一部の御朱印コレクターが知っている程度だった」と振り返る。

 同月に熊本地震が起こると、被災した熊本城の再建のために御城印の売り上げを寄付をしようと、他の城にも発行を呼び掛けた。それに応じて17年には岐阜城、大垣城の御城印発行も始まった。発行施設は年々増え、今では全国500ほどに及ぶとみられる。

 郡上八幡城では16年度の発行数4837枚から、19年度は2万2022枚へと飛躍的に伸びた。オリジナル御城印帳も販売するなどブームをけん引する。小木曽さんは「土産の要素が強くなっているが、城同士の助け合いの理念も広まっていってほしい」と願う。

 県観光連盟のウェブサイトでは、県内25城の御城印が特集されている。4月6日の「城の日」は、身近な城を訪れ、御城印集めの第一歩を踏み出してみては―。

カテゴリ: おでかけ くらし・文化



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