西側諸国の政府が新型コロナウイルスへの対応で批判を浴びていた昨夏、欧州連合(EU)当局者はコロナ封じ込めと経済再開で先頭に立つことを目指し、ワクチン調達計画に着手した。
加盟27カ国が複数のメーカーからの供給を巡りそれぞれ競い合うことは避け、EUの執行機関である欧州委員会が一元的に交渉を担い、域内の住民約4億5000万人のためにワクチンを一括購入することを決めた。交渉力を高めることで、経済規模にかかわらず、どの国も手に届く価格で平等にワクチンを入手できるようにするのが狙いだった。
それから半年。深刻な供給不足が足かせとなり、EUのワクチン普及計画は足踏みを余儀なくされている。夏の終わりまでに接種できるのはほんの一部の市民にとどまる見込みだ。その理由は、まず英米に比べてワクチン発注で後手に回った。さらに、まだ結果を出せていない製薬企業の供給を当てしていた。ワクチン接種で出遅れが鮮明になると、交渉を再開するのではなく「メーカーたたき」に走ったことも裏目に出た。
国・地域別のワクチン接種率は、イスラエルが55%、英国は14%、米国は9.4%に対し、EUは2.8%にとどまる。UBSのリポート(1月29日付)によると、現在の接種ペースなら、年内に人口の3分の1がワクチン接種を済ませるのは、EU加盟国ではマルタとルーマニアのみだ。
欧州市民は過去1年にわたり、度重なるロックダウン(都市封鎖)や死者・感染者数に歯止めをかけられない現状を前に、すでに政府への不信を強めていた。足元では域内のワクチン普及が感染急増に追いついておらず、さらなる怒りが政府に向かう。
批判にさらされる中、EUはワクチンの輸出規制をちらつかせ、加盟国の野党政治家はワクチンメーカーの国有化を唱えている。
だが、EU抱える問題の多くは自ら招いた結果とも言える。数十人の公衆衛生専門家や製薬会社幹部、交渉の内容に詳しいEUや各国政府の当局者はこう指摘する。
他国の政府が補助金の提供や副反応を巡る法的リスク免除によってワクチンメーカーからの供給確保を急ぐ中、EUは価格引き下げに注力するあまり交渉が停滞し、結果的に発注も遅れることになった。また、承認が数カ月先の企業とも購入契約を締結。リスクを低下させる目的だったが、調達先を広げすぎた。購入したワクチンの承認も遅かった。
その結果、EUのワクチン配布は開始が遅れた上、製造上の問題が発生した場合に影響を受けやすい状況に置かれた。1月には、EUが承認したすべてのワクチン製造元(米ファイザー・独ビオンテック連合、米モデルナ、英アストラゼネカ)が製造上の制約から供給が当初の想定を下回ると発表。域内政府はワクチン接種ペースを遅らせるか停止せざるを得なかった。
EUのアプローチに批判的な向きは、問題は昨年6月から始まっていたと指摘する。ドイツ、フランス、オランダ、イタリアが共同でワクチンメーカーと進めていた交渉(すでに英米から出遅れていた)を欧州委が引き継いだタイミングだ。アンゲラ・メルケル独首相は引き継ぎを支持した。独政府は、コロナ禍で大きな打撃を受けた国への個人用保護具(PPE)出荷を停止したことで批判を浴びていた。
だが、ワクチン購入の経験は欧州委にはなかった。EUの法案を策定し、各国政府から承認を受けるのが、これまでの主な役割だ。
そこで欧州委が頼ったのが、数年越しにもわたる長丁場の通商交渉で発揮する容赦のない戦術だ。交渉について説明を受けたあるEU当局者は、早急に合意をまとめるのではなく、最善のディールを引き出すことに注力して調達交渉を進めていたと明かす。
欧州委はベテランの通商当局者、サンドラ・ガリーナ氏を交渉担当者に起用した。交渉に関与した当局者や業界幹部によると、ガリーナ氏はワクチンの価格を抑えることに加え、副反応が起きた場合にメーカー側に確実に法的責任を負わせることを目指した。英米とは異なり、EUやその加盟国は、研究・開発の加速や製造能力の増強、優先的な供給確保に向けたメーカーへの補助金の提供も渋った。
米政府のワクチン計画「オペレーション・ワープ・スピード」は軍大将と製薬企業幹部が主導し、180億ドル(約1兆9000億円)の予算があった。3月から補助金の提供を開始し、その対象には欧州企業も含まれた。米政府は5~7月に購入契約を締結。対照的に、EUが主要契約にこぎ着けたのは、8月下旬~11月だった。
欧州委のステラ・キリヤキデス委員(保健衛生担当)は先週、記者団に対し「早い者勝ちの理論は拒否する」と言明。「近所の肉屋では通用するかもしれないが、契約においてはあり得ない」と述べた。
ワクチン製造の難しさを踏まえると、生産を急ぐ過程で製造上の問題が起こっても、先に契約を結んだ側は影響を受けにくいと業界専門家は話している。
大手ワクチンメーカーのある幹部は「国別にワクチンを配分するため、先に(購入に)動いた方が優位になる」と明かす。
交渉で重視していた価格という点では、EUは成功を収めた。ベルギーの政治家がソーシャルメディアに投稿した価格リストによると、ファイザーとビオンテックのワクチンについて、EUが支払う1回分当たりの単価は米国を大きく下回る。
ガリーナ氏は1日、EU議会の議員らに対し、財政余力のない加盟国は高い値段なら支払えなかった可能性があるとし、「これは連帯の問題だ」と述べた。
だが、ワクチン不足によりEU全体でロックダウンが長引いた場合の経済的損失を踏まえると、こうした考えは短絡的だとの批判も上がっている。
ドイツ連邦議員で疫学者でもあるカール・ローターバッハ氏は、「EUは20~30倍も高い値段を支払うべきだった。それでもロックダウンの代償に比べればはるかに安い」と述べる。
購入が遅かったことに加え、EUはワクチン候補に関する有効性データの公表が数カ月も先だとみられる複数のメーカーと、大量の購入契約を結んだことでも批判を浴びた。
EUは数カ月に及ぶ交渉を経て、11月11日にファイザーとビオンテックから2億回分のワクチンを購入する契約を、1億回分の追加購入オプションを付けて結んだ。両社はその時点で有効性を裏付けるデータを発表しており、欧米の製薬メーカーで先陣を切ってコロナワクチンの承認を申請することが確実な情勢だった。
EUは11月17日、独バイオ医薬品キュアバックからその2倍の量のワクチンを購入する契約を締結。キュアバックもファイザー・ビオンテック連合と同じ、先端のメッセンジャーRNA(mRNA)技術を使ったワクチンを開発しているが、有効性を示す研究結果はなく、製造パートナーもいなかった。
英国、米国、EUは12月、いずれもファイザー・ビオンテック連合のワクチンを承認。キュアバックはその後、独製薬・化学大手バイエルとワクチン製造で提携したが、承認申請は早くても5月とみられている。ドイツ政府の内部文書をウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が確認した。
欧州全般でワクチン不足への怒りが高まっているところに、ファイザーとアストラゼネカがここ2週間に、そろって供給量が当初の予定を下回ると発表。その数日後、モデルナも供給が遅れると明らかにした(ファイザーはその後、1-3月期の目標水準に届くよう供給を拡大する意向を示している)。
こうした事態を受け、EUはメーカーに怒りの矛先を向けた。イタリアはメーカーへの提訴をちらつかせたほか、クロアチア首相は「ワクチンのハイジャック」が起こっていると主張。ベルギーはアストラゼネカが説明している製造問題が本当に起こっているのか確かめるため、調査員を派遣した。
EU当局者はここにきて、提訴は避け、ワクチン供給を確実にすることに注力する姿勢を示している。ウルズラ・フォンデアライエン欧州委員長は1月31日、アストラゼネカが追加で900万回分のワクチンを1-3月期に供給すると明らかにしたことを「一歩前進」だとして歓迎した。ただ、追加分を加えても、EUが注文した量の半分にすぎない。
EUがワクチン供給の旗印に掲げていた「連帯」を避け、一部の加盟国では接種を加速させようと独自でワクチンを確保しようとする動きも出ている。ハンガリーは先月、EUが承認していない中国とロシア製のワクチンを購入すると発表。チェコ共和国も同じことを検討している。
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