Thursday, July 22, 2021

ジェフ・ベゾスが成功させた宇宙旅行には、単なる“冒険”には終わらない「壮大な目標」がある - WIRED.jp

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旧ソ連の宇宙飛行士だったゲルマン・チトフにとって、2021年7月は散々な1カ月だったことだろう。1961年、25歳だったチトフは地球を周回した世界で2人目の人物となり、大気圏に再突入するまでに17回の周回を果たした。

それから500人を超える人々が宇宙へ旅立ったが、チトフより若い者はいなかった。それも18歳のオリヴァー・ダーメンが、億万長者でアマゾン創業者のジェフ・ベゾス、ベゾスの弟のマーク、82歳のウォリー・ファンクと共に宇宙カプセルで「カーマン・ライン」を越えるまでの話である。チトフは厳しい訓練と選考をくぐり抜けたが、ダーメンは父親にオークションで座席を落札してもらい、14時間の訓練を受けただけだった。

とはいえ、宇宙で嘔吐した最初の人物でもあるチトフにとっては、不本意であるのは記録を失ったことだけではない。

1962年にチトフがシアトルを訪れた際、宇宙旅行という魔法のような体験が自身の人生観にどのような影響をもたらしたかという質問が投げかけられた。天上界をすぐそばから見て、母なる地球という青々としたじゅうたんの上で、全人類が分かち難く結びついているさまを目の当たりにしたことで、どのような深い内面の変化があったのか。

ところが、人類で初めて宇宙空間に1日以上滞在したチトフは、この質問を一蹴した。「宇宙には神がいると言う人々がいます。わたしは1日中ずっと注意深く周りを見ていましたが、誰もいませんでした。天使も神も見ませんでした」

チトフは2020年に65歳で他界したが、どこかで苦々しく思っていることだろう(おそらく天国ではないだろう。天国という概念を信じていなかったのだから)。

誰もが語る宇宙の素晴らしさ

今月になって、宇宙から地球を眺めることの素晴らしさが盛んに喧伝されている。それがたとえ50マイル(約80km)か60マイル(約96km)のギリギリの境界線の先という曖昧な定義の「宇宙」であってもだ。宇宙に行けば人生が変わり、人類は運命共同体だと気づき、たとえ新型コロナウイルスを予防するマスクをつけなくても神と向き合うことができる、というわけだ。

こうした気運は、ブルーオリジンの弾道飛行ロケット「ニュー・シェパード」に乗り込んだベゾスと3人のクルーが、10分間の旅を終えて戻ってきた時にも如実に見てとれた。4人とも宇宙は素晴らしく、人生を一変させる体験だったと口を揃えたのだ。

ベゾスは帰還直後の最初の放送インタヴューでは、体験があまりにすごすぎて自分の言語能力ではとうてい表現できないし、言い表すことができるのは詩人だけかもしれないと語った。その後、改めて開かれた記者会見の場で、彼はなんとか言葉で表現しようとした。

感想を聞かれたベゾスは、まず「オーマイゴッド!」と大声で言った。それから静かな口調になり、スタンリー・キューブリックの『2001年宇宙の旅』のラストシーンのように、宇宙が人間本来の状態を取り戻させてくれたという感覚を表現しようとした。

「とても自然に感じられました。まるで人類があの環境に適応するように進化してきたかのように。そんなことはありえないとわかっているのですが、とても穏やかで平和な気持ちでした」

Blue Origin

JOE RAEDLE/GETTY IMAGES

ベゾスが環境問題に高い関心をもっていて、気候変動対策基金に100億ドル(約1兆1,016億円)を投じていることは事実である。だが、そんな彼もカーマン・ラインの上から見下ろすまでは、地球がいかにもろいものであるかをちゃんと理解してはいなかったという。

「わたしにとって最も深い意味があったのは、地球を見ることと、地球の大気圏を見ることでした」と、ベゾスは語っている。「わたしたちがクルマで走りまわっているときは、大気圏はあまりにも巨大で、わたしたちはちっぽけな存在で、大気圏はとてつもなく大きい存在です。しかし、宇宙へ行くと、大気圏はびっくりするほど薄いとわかります。とても小さくてもろいものなのです。頭で理解するのと実際に目の当たりにするのは別のことです」

宇宙事業に乗り出しているもうひとりの大富豪リチャード・ブランソンも同様に感嘆の声を上げ、自ら出資して実現した弾道旅行は、言葉ではとても言い表せない体験だと語っていた。「正確に言い表すことは決してできないでしょう」とブランソンは記者会見で語っている。「えも言われぬ美しさです」

彼は「インスピレーション」という言葉を何度も使った。ブランソンから見れば、宇宙は無限に続く虚空ではなく、人生を一変させる山頂であり、人類が何を成し得るかを象徴するものだった。

このフライトに同行したヴァージンのオペレーションエンジニア主任のコリン・ベネットまでもが、畏敬の念を表明し、宇宙を一種の天国になぞらえた。「とても禅的です。そして宇宙は非常に平和です。印象的だったのは色彩と、その色彩が極めて遠くに見えることでした…。ひたすらうっとりしました」

彼らに言わせれば宇宙旅行とは、どうやらインスピレーションと美と、そして……人類にとって自然な状態へ戻ることを意味するようである。

宇宙を旅した真の目的

もちろん、地球を見下ろす行為が有する捉えどころのない魔力については、任務遂行中にたまたまスピリチュアルな体験をした米航空宇宙局(NASA)の宇宙飛行士から、わたしたちはすでに多くを聞かされてきた。

それでも人々が任務のためではなく、人生を変えるような体験をするために宇宙を訪れることが、今後ますます多くなると予想される。それに応じて、天啓のような体験を得ることは、もはや宇宙旅行の幸運な副次的効果というより、宇宙を目指す理由そのものになる。

宇宙旅行は必ずしも「悟り」を保証するものではないとしても、それがひとつの売りであることは間違いない(そうした悟りに加えて、空中に浮かんで思う存分に楽しめることも魅力だ。ニュー・シェパードのカプセル「RSS First Step」の動画には、クルーが体を回転させて遊んだり、ボールを投げたり、重力から解き放たれたキャンディを投げ合ったりする様子が映っていた)。

しかし、ジェフ・ベゾスは宇宙旅行のすごさを語ってはいたものの、実際は彼にとってはそういったご託はすべて二の次なのである。宇宙旅行のスリルと発見は、ベゾスがブルーオリジンを設立した最大の目的を可能にするための方便でしかない。そしてその目的とは、数百万もの人々が地球を離れ、宇宙コロニーで暮らして子孫を増やし、人類という種を1兆人を超える規模まで拡大する旅に着手することなのだ。

わたしが2018年にインタヴューしたとき、ベゾスはそのことをはっきり語っていた。

「わたしは宇宙を冒険するのが好きです。素晴らしいことです。しかしそれは、玄孫の世代が閉塞した人生を送るはめにならないようにすることの重要性に比べれば、かすんで見えます。はっきり言って、わたしたちは文明としての選択を迫られているのです。太陽系に進出するのか、それとも地球上での停滞を受け入れるのか、という選択です。なぜ宇宙に行く必要があるのか。その理由についてはこれまでいろいろ言われてきましたが、わたし個人のやる気をかき立ててくれるのは、この理由だけです」

ベゾスが繰り返したメッセージ

今回の帰還後の記者会見では、ベゾスは宇宙コロニーについてあからさまに話すことは巧妙に避けたものの、このメッセージを繰り返した。

「わたしたちがしていることは単なる冒険には終わりません」と、ベゾスは言った。「重要なことでもあるのです。なぜなら、わたしたちが取り組んでいるのはもっと重要なことだからです…。子どもたちやそのまた子どもたちが未来を築けるようにするために、わたしたちは宇宙へ行く道筋をつくるのです」

さらにベゾスは、自身の目標は地球から脱出することではなく、地球を救うことだと主張した。なぜなら地球は「太陽系で唯一の良質な惑星」だからだ。

しかし、2018年に何時間も話を聞いたことでわたしが理解したのは、彼は地球を保護区として、あるいは避難所として捉えているということだった。破壊的な製造業が想像を絶する広大な宇宙へ移され、自然の生態系が繁栄するようになれば、地球は保護される。

ここに住み続ける人々は、地球の“管理人”になるのだ。緑が生い茂る銀河系のコロニー(狭苦しい国際宇宙ステーションのようなところではなく、湖やショッピングモールやスタジアムを備えた緑豊かな巨大な建造物を想像してほしい)に住む膨大な数の人類は、訪問したり暮らしたりするために母星へ戻ることができる。

これはベゾスが高校時代から思い描いていた夢だ。宇宙コロニー構想を広めた未来学者のジェラード・オニールに憧れ、のちにブルーオリジンを設立することになる若きベゾスは、高校の卒業式のスピーチでもこのテーマを取り上げていたほどである。

今回の会見で彼が語っていたように、宇宙観光事業はそのための小さな一歩にすぎない。ベゾスの目標は、宇宙事業という一大産業を促進することにある。

競争心が旺盛なことで、ヴァージン・ギャラクティックや特に政府との契約においてライヴァルとなるスペースXとはつばぜり合いを繰り広げるものの、ベゾスは彼らを応援している。なぜなら、文明が繁栄するために避けては通れないと彼が信じている長年の夢の実現には、宇宙ヴェンチャーのインフラストラクチャーが必要だと考えているからだ。

人々が「美しき地球」を夢見る日

そう考えると、ベゾスが「悟り」の体験を強調したのはビジネス上の理由からだった。弾道飛行の体験料として数十万ドルを請求するとなれば、宇宙空間で跳んだりはねたりできるという以上の価値を提供したほうが得策だろう。

ベゾスによると、ブルーオリジンの搭乗予約はすでに1億ドル(約1,100億円)相当に達している。同社は年内にさらに2回のフライトを実施予定で、今後はペースを上げていきたいという。

ロケットを打ち上げて再利用し、定期的な飛行スケジュールを確立することで、ブルーオリジンをはじめとする企業は料金を下げ、革新的な技術を生み出し、最終的にはベゾスが求める宇宙インフラを開発できるだろう。インフラが整備されれば、いまよりはるかに少ない資本で起業家がこの分野に参入できるようになる。

ありとあらゆる新しい衛星技術の事業が花開き、弾道飛行だけでなく、月や惑星へと活動の場を移すなかで、地球外での製造も可能になるだろう。少なくとも、ベゾスはそれを夢見ている。

だからこそ、弾道飛行は1961年にほぼ達成され、それ以降は中断されていたにもかかわらず、今週テキサスの砂漠で実施されたニュー・シェパードの飛行には注目する価値があると思うのだ。「何十年もかかります。これは大きな構想なのです」と、ベゾスは20日に語っている。「大きなことは小さなことから始まりますし、これがその始まりなのです」

多くの人類が繁栄するためには、地球外で生活しなければならない──。そんなベゾスの主張を信じるべきかどうか、わたしには確信がもてない。それに、いまのところ民間の宇宙旅行が億万長者のための“遊び”になっていることも気になるところだ。

それでも、世界で最も裕福で、とびきり頭の切れる男、世界最大級の事業を築き上げた男が、文字通り世界を変える作業に真剣に取り組んでいるのだ。これは注目すべきことである。

だからゲルマン・チトフよ、どうか安らかに眠りたまえ。もしジェフ・ベゾスが思い描いている通りになったら、魚が水の素晴らしさを語らないのと同じように、人々はもはや宇宙の素晴らしさを熱く語ったりしなくなる。

そして宇宙は人々の家となり、アマゾンの配送の「規定の住所」になるだろう。人々は宇宙を夢見るのではなく、地球という場所の素晴らしさを妄想し、いつかそこを訪れたいと思いながらお金を貯めることになるのだ。

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